いつごろからだろう。
気がつけば何かに訴えていることがあります。
神頼みのようなそんなかわいらしいものなんかではなくて
どちらかといえば、江戸時代に突然大名行列に飛び出して大名様に訴える
変な町民のように訴えるようなものです。
事の始まりは…
人生で苦境に立たされたときの子供の頃が始まりだったような気がします。
家庭環境や親の酒乱に対して
何でこんな目にあうの?相手に怒りを通り越した瞬間
自分自身へ向かいました。
しかし自分を責める原因もない時
なぜ?そんな目にあうのか?
ただただ「何でこんな辛い想いをしなくてはいけないのか?」と言うことが始まりだったように記憶しています。
家族環境が悪化して
酒に溺れた両親そして母親の姿は今でも忘れません。
父はおとなしい人だから被害は無いのですが
母は連れ子4人の負い目もある為か
家庭の鬱憤を子供へ向かうことが多々ありました。
その頃の私といえば長女でおとなしく意見も言えないまま成長していたので全てが私へやってきてまるで地獄のような時期が何年も続きました。
そんな時私が想う事は
悲しみの中「何故そんな目にあうのか?」ただそこに想いが流れていました。
もちろん
宗教も知らないし
誰に向かって問いているのか?
ただただそんな時期がありました。
人は神様に願うとも言います。
神様に文句も、、、しかし当時は
何故そんな想いをしなくてはいけないのか?
ただただどこかへ想いを訴えていたような感じでした。
中学3年間はほとんどそんな瞬間を迎えていたような気がします。
私は何処へ問いを向けていたのだろう?
その癖は現在もあります。
学校に行ってもおとなしい性格は見抜かれ
何もしないと言う判断で嫌がらせやいじめの時間を過ごしていました。
家でも学校でも…
今思えば、パワー関係(小さな戦争)に関与していたと理解できるものの
当時は出来事に怯える毎日でした。
どうしても理解できない出来事に対しては
「なぜそれが必要なのか?」と、、、
そして私達多くの宗教である
神とは何処に存在しているのか?
そして全てを創造して造ってきた存在は誰なのか?
問うことから見えてきた部分と謎は今もあるままですが
やはり私は現実社会の中で常に矛盾を感じると何処かへ問いています。
今も・・・
前略 全ての創造主さま
貴方はきっと私達の存在自体、その素晴らしさを知るように言うだろうけどどれだけの人が人間であるよさを知っているのだろうか?
現在はメンタルセラピストとして他人の人生を垣間見ながら時々問う自分がいます。
私の人生では計り知れない苦痛を垣間見たときや社会に対する矛盾など
何を試しているのだろう?と。。。
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